医師・永井駿(84才)の体験 (平成6年・EVテレビ)
私は東大在学中にマルクスに夢中になり、そのため特高に逮捕され、拷問を受けました。 覚悟を決めて「心頭滅却すれば火もまた涼し」の禅の言葉を思い腹をくくった。 拷問ではガンガン火の火鉢に無理やり手をかざされたが、さほどに熱く感じなかった。 担当者は不思議がって自分の手をかざしたが、熱さに思わずひっこめた。 それでもその時のヤケドが今も残っています。 この経験からマルクスよりも禅に興味がわいたので、立田英山老師について坐禅を始めた。 結婚して子どももいたが、学徒出陣で兵役についた。 軍事教練のとき、弓の大会があり私が優勝。 そのときは弓の的が大きく見えた。 このとき那須与一の話に合点したものです。 海上で敵の魚雷がわが方の船に向かってくるのが見えた。 白いものがすーっとこちらの船に当たった。 とっさに目と耳をふさいだ。 目がとびだし、耳が破れるのを防ぐためである。 船がやられ、海に投げ出された。 海はスコールで荒れていた。 その時、3才のわが子の幻影が見えた。 「おとうちゃん、がんばり!」。 次に現れたのが立田英山老師「しっかりしろ!」と励まされた。 続いて見えたのが白衣の老人である。 この老人が「これだ」と観音経を示された。 坐禅のときに誦んでいたものです。 投げ出された海の上で、こうした奇瑞のようなことがあって元気が出た。 誰かが後ろから押してくれるかのように泳げた。 救助されたが、そのとき気づいた。 凪いでいたはずの波が、実は船をこえるような大波であったのです。 観音経の功徳は例えでなく、真実であると確信がうまれました。 このとき約五千人もの犠牲者があり、救助されたのが35人でした。 その後幸いにも帰国し、家族との再会を果たした。 老師に挨拶に上がり、数々の霊異の話もしたのですが、老師は大いに喜ばれたが、靈異のことでは注意された。 「便宜を得れば便宜に落つ。 参禅の者は霊力や神通に執着するものではない」と。 奇跡の生還を果たしたが、これまでの栄養不足や無理がたたって重い結核になった。 医師の診断は厳しく、10年はかかりそうだと言われた。 助けられた命だと思い、気持ちを奮いたたせた。 翌日のこと。その日は気分は至って晴れやかで、外の陽光が美しく、木々はひときわ輝いて見えた。 と思った途端、「これだ!」と悟った。 一切の迷いが消え、全身が例えようのない歓喜に満たされた。 ほどなくしていつの間にか結核が快癒した。 これ以上のことはないと思うほどの体験でした。
老師に報告すると喜ばれたが注意もされた。 老師「貴公の見性(けんしょう・悟り)体験は確かなものだ。 しかし一時の技量ということがある。 さらに向上の関門あり。これからが大事だ」と戒められた。 これが私のこれまでのウソ偽りのない体験です。 皆さんには私の体験を客観的に判断して頂きたい。
(平成6年ETV)
付記:神通力や霊威の話は「正法にあらず」といって禅宗では避ける傾向です。 神通力は脇道であり本来の修行の道ではないという。 ブッダも神通力の発揮を控えられました。 しかし、坐禅修行の成果として、特殊な力がつくことがあるようです。 凡人には羨ましいですが、禅門では無視せよとのことです。