6, ナンダ王子
ナンダは元シャカ族の王子であり、またブッダ(おしゃかさま)の異母弟というのですから、ただならぬ出生です。 そのナンダ王子が成長し、今日はナンダの立太子式と結婚式という二重の晴れがましい日のこと。 あろうことか、ナンダ王子はブッダの意向で仏弟子にされてしまいます。 いきなり修行僧らと戒律の暮らしに入るのです。 人生で最も幸せの日に、強引に出家にされてしまったナンダですが、なにしろ大聖ブッダの指示ですから、逆らうわけにもいかず渋々坐禅中心の生活です。 心の中は修行よりも婚約者のスンダリー姫のことばかり。 その様子を見て、ブッダはやむなく神通力を使われます。 「ナンダよ、私について来なさい」とブッダが向かったのは、天上界(天界)という異界です。
そこは楽しみだけの世界。 高楼美園、風薫り鳥舞う。 得も言われぬ美しい音色が響く中で麗しい天人・天女が楽しげで、中でも一人ひときわ美しい女性が目についた。 彼女に話を聞くと「わたしはナンダという方の婚約者です。 ナンダさまは
今、地上でとても尊い修行をされています。 この修行の功徳で私はナンダさまと結ばれるのです」。 なんとこの姫は私のフィアンセ! これぞ修行のありがたさ。 ナンダはすっかりのぼせあがってしまいました。
それからのナンダは人が変わったように、修行にそれは熱心なこと。 あれほど慕っていたスンダリー姫のことはスッカリ忘れ、頭の中はあの天女のことでいっぱい。 熱心ではあるけれど、その本心はただ天女と結ばれるためである。 次第に
修行僧たちの中で「ナンダ君はおかしい。 我らの目指すべき悟道から外れている」と問題になりました。 見かねたブッダは「ナンダよ、来なさい」と再び神通力を発揮され、今度は奈落の底! 恐ろしい地獄です。 そこは死者がエンマ大王の前に引きずり出され、生前の一切の悪行が浄玻璃(じょうはり)の鏡に映りだされてしまう。 地獄の役人は獄卒といい、罪人どもを荒々しく痛めつけますが、獄卒は仏弟子であり悪者ではない。 エンマ様の判決の下、獄卒が容赦なく一切の罪を洗い流す慈悲行を実施してくれます。 地獄は新たな出直しをする場所であり、どんな極悪人でも償いが出来て、必ず出獄の時期があります。 針山・剣山・血の大河・大火炎・・そこでもがき苦しむ男女の悲惨な情景を見て、ナンダは震え上がった。 その中で一人の獄卒は、たっぷり油の入った大きな鉄窯を薪でガンガン火をおこし、油をグラグラ煮えたぎらせている。 その獄卒が言うには「この窯はナンダというバカ坊主を放り込むためだ。 ナンダは王位を捨てるという大きい功徳を積み、仏道修行という尊い縁があった者である。 ところが天女とうつつを抜かしたことで、せっかくの功徳が水の泡。 あげく執着が抜けずに地獄の因縁を結んでしまうとは哀れなものよ」。 ショックのあまり、ナンダは気を失った。
ブッダは諭された。「快楽は幸せをもたらさない。 幸せをもたらすのは節制と心の統一である。 修行に耐え智慧を磨いていけば、だれでも自在の境地に至るのだ。 道を修めなさい」。 ここでやっと目が覚めることが出来たナンダは、それからは心の統一に専心した。 そしてついに迷いを離れ、大安楽の境地に達することが出来たのである。 ▲
付記:ブッダがナンダから王位を剝がし姫も奪い給い、出家の道に向かわせたのも、仏道からみれば実は大きな慈悲でありました。 今なら人権無視ですが、でもおかげでナンダは苦界を遠く離れることができました。 現代は欲望は開放的ですが、五欲の快楽は実は失うものが大きい。